人を、街を、音楽でつなぐ市民団体 NPO法人ARCSHIP 週刊木曜日私的音楽評

週刊木曜日私的音楽評

アークシップメンバーが日々更新!

【私的音楽評】NO.234 福島セレクト3 担当:福島さん
更新日:2014.7.31

【私的音楽評】NO.233 ロドリゲス☆KENセレクト1 担当:ロドリゲス☆KEN
更新日:2014.7.24

【私的音楽評】 No,232 ニシセレクト 63
更新日:2014.7.17

【私的音楽評】 No,231 五十嵐セレクト 64
更新日:2014.7.10

【私的音楽評】 NO,230「ゴダイゴ」担当:長谷川
更新日:2014.7.3

【私的音楽評】NO.228 福島セレクト2 担当:福島さん
更新日:2014.6.26

【私的音楽評】 No,228 ニシセレクト 62
更新日:2014.6.19

【私的音楽評】 No,227 五十嵐セレクト 63
更新日:2014.6.12

【私的音楽評】 NO,226「John Mayer」担当:長谷川
更新日:2014.6.5

【私的音楽評】 No,225 ミッキーセレクト 担当:久保さん
更新日:2014.5.29

【私的音楽評】 No,224 ニシセレクト 61
更新日:2014.5.22

【私的音楽評】 No,223 五十嵐セレクト 62
更新日:2014.5.15

【私的音楽評】 NO,222「CLOSE TO YOU」担当:長谷川
更新日:2014.5.8

【私的音楽評】NO.221 福島セレクト1 担当:福島さん
更新日:2014.4.24

私的音楽評No.220 ニシセレクト57
更新日:2014.4.17

【私的音楽評】 NO,219 五十嵐セレクト 61
更新日:2014.4.10

【私的音楽評】 NO,218「深夜番組:寺内ヘンドリックス」担当:長谷川
更新日:2014.4.3

【私的音楽評】NO.218 あっちゃんセレクト2 担当:あっちゃん
更新日:2014.3.27

【私的音楽評】 NO,217 五十嵐セレクト 60
更新日:2014.3.13

【私的音楽評】 NO,216「佐山雅弘」担当:長谷川
更新日:2014.3.6

【私的音楽評】NO.234 福島セレクト3 担当:福島さん UPDATE:2014.7.31

私的音楽評 福島セレクト3(1989年)

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創世記はすべてのもののなりたちが記され、そこにはエデンの園の追放も書かれている…
現役時代、初めてのことに取り組んだ無手勝流は失敗をもなつかしく思い出させるが、
功績も罪過もあって、功罪相償っているもの事実。
ということで、前回「ライブ番組創世記」の続きは「地球学園祭創世記」(1989年)。

 

6/17から23年ぶりに半月ほどハワイを訪れた。
以前と同じようにホノルル空港に着く直前には真珠湾が見える。
そのとき、1989年のあることを思いだした。
ダイアリーを見ても1月24日か26日だったか定かでないが、
真珠湾の北側にあるミリラニ・ゴルフクラブのキャディマスターに
「天皇が亡くなったというのにいいのか?」と言われたのだ。
無宗教で右翼でも左翼でもない双子座・AB型の私としては全く虚を突かれた瞬間だった。
もちろんそれで意地悪されたわけでもなく、ひょっとして軽口だったのかも知れないが、
私にとってはその直前にホノルルのNBCアリーナで大沢誉志幸のコンサートを収録し、
すっかりロコ気取りでいい気になってオフを楽しもうとしたとき、
ナショナリティを考えさられた小さな事件だった。

 

真珠湾

 

昭和64年が7日間になってしまった平成元年のこの年は、
いま思い返すと個人的にずいぶんと国際的な年だったと思う。
1月の仕事とオフのハワイに続き6月にはサンフランシスコでウインドサーフィンの取材、
9月と12月にはまたハワイでサーフィンの取材に行っている。
丸井提供のベルト番組「SPOPS」の担当プロデューサーだった役得とも言えるが、
世の中バブルの真っ只中、テレビも音楽業界もイケイケで企画がどんどん通った時代だ。
ソニーがコロンビア映画を、三菱地所がロックフェラー・センターを買収していた。
折しも横浜は市制100周年の「YES’89」(これはあまり国際的とは言えないけど)、
市民オペラ「海光」の収録まで任されてしまうというオマケつきだった。

 

そんな中、老舗のラジオ局とコンペで競り合って通った企画があった。
世界の大学生バンドを日本に呼んで地球学園祭「ONE’89」
(ワールド・カレッジ・ポップ・フェスティバル)を開催しようというもので、
住友グループ48社(当時)の広報委員会にスポンサードしてもらった。
放送作家の関秀章氏の発案で、総合プロデューサーを宇崎竜童氏にお願いし、
第1回のスペシャルゲストは佐野元春氏という布陣。
佐野元春氏は80年にスタートした宇崎さんの「ファイティング80’s」で、
デビューしたてのど新人ながら初代レギュラーバンドをやってもらっていた。
サックスをフィーチャーした都会的なロックに度肝を抜かれて9年が経っていた。

 

<アンジェリーナ>http://www.youtube.com/watch?v=QzwK3_oXWRk

 

 

ONE89広告朝日全10段

 

それにしても、横浜のローカルテレビ局が、老舗ラジオ局をコンペで破って、
全国展開の住友グループをスポンサーにし、
横浜アリーナに外国から4カ国の大学生バンドを呼んでイベントをやるというのは、
ちょっとした事件だったようだ。手もとに日経エンタテインメント9/20号が残っていて、
「しかし、なぜまた住友グループがアマチュアバンドのイベントを主催するのか」と
疑問を投げかけていた。私が自信たっぷりに「定員の12,000は確実にいっぱいになる」と
語ったコメントを引用しているものの、「ほぼ順調に進んでいると見ていいだろう」と、
やや「お手並み拝見」的で冷静な書きっぷりだ。
「3年ぐらいは続けたい」とスポンサーの広報委員会もコメントしているが、
翌年からは国立代々木競技場に会場を移し、
「ONE’93」まで5年間がんばることができ、結果として一矢を報えた。
当時、バブルで少し調子にのっていたとは言え、
「今までの君はまちがいじゃない」「これからの君はまちがいじゃない」と
「約束の橋」に励まされながら、地道に、まじめに世界の大学生バンドと向き合い、
各国の土着性も共通性もナマで直に聴けたというのはとても貴重な体験だった。
1月にナショナリティを自覚させられ、
11月に共通言語の音楽を再認識した年だったと言える。

 

<約束の橋>http://www.youtube.com/watch?v=W1T1iq3YtA0&hd=1

 

 

綴じ込み付録:
バンドブーム初年度の第1回「ONE’89」には日本の学生バンドが3組出演している。
真心ブラザーズ・桜井秀俊氏の「びっくりしたな、もう」と、
カブキロックス・氏神一番氏の「一番屋」だ。
ググっても「ONE’89」に出場していたことがどこにも書いてないのが残念。

 

バブル崩壊でエデンの園を追放されたような日本だったが、
私個人も情報センター準備室〜編成と、現場の制作からは離れてロスト10年を過ごす。
次回はその95〜02年あたりか、または「70’s Vibration」も見えてきたところで、
77〜83年あたりの入社間もない頃の話に戻すか、
次回はずいぶん先になりそうなのじっくり考えることに。ではまた。

 

 



【私的音楽評】NO.233 ロドリゲス☆KENセレクト1 担当:ロドリゲス☆KEN UPDATE:2014.7.24

ハロ~!ジャパ~ン!
GALACTIC KEN BANDのロドリゲス☆KENです!

 

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実はボクは子供の頃からイイ歳になるまで日本の祭囃子の太鼓をやっていたんだ。
そして意外と知られていないのが、和太鼓には音譜が存在しないってこと。
ではどうやって覚えたり次代に伝承したりするかというと、
そのリズムや叩き方を擬音化した文字を紙に書き、
それを読みながら、叩いて見せる。このやり方で何百年も伝承され続けているんだ。
すごく動物的だし原始的でしょ?そしてその擬音が実に表現豊かで面白い。
「ステレンテン」とか「テンテンスッテン、テケレンテン」とか
「フクトロスク フクトロスク トロスク」などなど実にバラエティに富んでいる。
う~ん、懐かしいなぁ・・・。

 

こう考えると音譜というものは、本能的に生み出された「音」を二次的にスキャンし、
再現性を持たせるために記号化したものであるという事が、
なんとなく理解できるような気がしないでもない。そしてその本能の存在感が最大限に露見されたとき、
いわゆる音楽理論では抑えきれないほどのとんでもない音が結果的に人々を驚愕させ、
時には熱狂させるのである。

 

おっ・・・と、ボクは難しい話は苦手だし、評論家みたいに知識も豊富じゃないから、
この話はこれくらいにして、もう少しゆる~くいこうかな!・・・
まぁ、つまるところ、「うぉ~!なんだこりゃぁ!かっけー!」ってなる曲が
ものすごい本能むき出し状態の曲かなって思うわけだ!

 

さぁ、そこでそんな曲を二つご紹介したいと思う。

 

まずは「Ram Jam」の「Black Betty」だ!

 

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動画があったからぜひ見てほしい↓(ちなみにOfficial VideoはShort Ver.で面白くない)

 

http://youtu.be/oqjoHKISCVU

 

この曲、起源は諸説あるようだが初めてしかも偶然Ram Jamのを聴いた時には、ぶったまげたね!
「なんだ!?今のは!?すげぇ!もう一度聴こう!!!!」ってのを延々繰り返したっけな。
本当に体が自然に動き出すんだよ!しかも必要最小限の音数で纏めているからそれぞれのパートの音が生き物のように響き合うんだ。

 

続いてはこれはロックをやっている人のほとんどはご存じのハズの曲。「 Led Boots 」!

 

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そう、Jeff Beckの曲だ。
とにかく何が凄いって、太鼓だよ!太鼓!
ナラダ・マイケル・ウォルデンっていう人が叩いているそうなんだが、もう手におえないほど本能出しまくりなんだよ!
もちろんすべてのパートがそうとうセンスが良くてすごい事やってるんだけど、この曲は一部始終がドラムソロみたいなもんだよ!皆これにはさすがにビビったよね!のっけからのドラムのイントロなんて、みんなついてこれているのかい!?
ボクは初めの頃はこのイントロのドラミングを理解できなくて、
悔しさのあまりイントロだけを何時間も聴きつづけたよ!それでやっと理解できたよ。頭ではなく体でね・・・。

動画もあったからリンクを張っておこう。

 

http://youtu.be/BQIdjHcS4m4

 

さぁ、いかがだったでしょうか?21世紀に「本能がむき出しになっている音」がどれだけあるか、
ぜひ皆さんもご自分の「本能」で探してみてはいかが?

 

では日本の皆さん、See You ~!

 

 



【私的音楽評】 No,232 ニシセレクト 63 UPDATE:2014.7.17

【私的音楽評】 No,232 ニシセレクト 63

 

 

「へえー?横浜からわざわざこんな島に来たの?」
島にただ一軒のスナックで、膨らんだ大竹しのぶサンのような
ショートヘアのママはグラスを置いてそう言った。
離島振興の仕事で赴いた日本海に浮かぶ人口900人の孤島。
「あたしはね、蒲田にいた事があるよ」
「就職で?それとも?」
「あのね、オトコを追っかけて部屋に転がりこんだの。アハハ」
しのぶちゃんは銀歯を見せて豪快に笑った。

 

幼なじみの彼とは、当たり前のように中学時代から付き合いだした。
ふたりのデートの場所はいつも校庭か海。
島には高校が無いので彼は島を離れ、
しのぶちゃんは考えた末、島に残り祖母を継ぎ海女さんとなった。
海に潜りながら彼を待つ3年間に書いた手紙の数は100通以上。
「高校を出たら島に戻るって約束してくれていたけどね」
優等生だった彼は島に戻らず、高校卒業後東京に進学した。
「手紙にさ、銀座のピザ屋でバイトしているとか、
フランス語の授業が難しいとか、読んでいてもう別世界。
すごいなぁと思って、わたし手紙、書けなくなってね」
成人式にも彼は帰って来なかった。
周囲には相談せず、しのぶちゃんは決断した。東京へ行こうと。
「住所を頼りにたどり着いたら4畳半のぼろアパート」
「驚いたでしょ?彼氏は」
「漁協の旅行かぁ?だって。そういう人なの、気が利かないの」
しのぶちゃんは彼とふたりでママゴトのような生活をはじめた。
朝弁当をつくり彼を見送り、夕食の支度をして彼を待ち、
夜中勉強をする彼の背中を眺めながら洗濯物を畳んだ。
「東京、楽しかった。銀座も新宿も。蒲田のぼろアパートもね。
だけど違いすぎたのよね、島と東京。あたしとアイツも」
「プロボーズは無かったの?」
「無かったの。それを確かめに行ったのにさ。
あたしも言い出せなかった、困らせている気がしてね」

 

半年でママゴトは終わり「またね」と言ってしのぶちゃんは島に戻った。
2年後に旅館の若だんな、今のご主人と結婚した。
「たくさんの手紙はまだある?」
「どうだったか、忘れたねえ」
「なんだか木綿のハンカチーフみたいだね。知ってる?」
「太田裕美の?うん、あれ嫌い。だって最後に女が泣くでしょ」
「あ〜、ハンカチーフください、か」
「女はもっと強いのよ。特に島の女はね、アハハ」
しのぶちゃんは豪快に笑いワンピースの袖をまくり力こぶをつくった。
俺はその夜ふたたび、しのぶちゃんの光る銀歯を見てしまった。

 

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http://www.youtube.com/watch?v=KotGa7jNr24
木綿のハンカチーフ/大田裕美(1975年)



【私的音楽評】 No,231 五十嵐セレクト 64 UPDATE:2014.7.10

 

 

 

先日、「おとバン13周年パーティー」で約1年ぶりに
スティックを持ってドラム椅子に座った。
去年も確か2回しかドラムスを叩いていない。

 

 

今回はセッションバンドということで、
一緒に演るのは初めてのメンバーばかり。
でも普段仕事でも毎日のように初めての方にお目にかかるので
さほど違和感はなかった。

 

 

ただ、演奏したのはあまり演ったことのないタイプの曲だったので、
正直言って大変だった。テクニカルな曲は苦手です、、、、

 

 

でも、たった1曲だけでも演奏できてとても楽しかった。
「ステージで演奏する」ということは、自分にとって
なんというか、特別な意味を持つことなのだ、

 

 

多くの?方と共有している場で、自分の「表現」を感じていただき、
なおかつ、場合によっては感動や喜びを与えることができる
機会ってそうはないと思う。

 

 

だから、自分は体力的な限界を迎えるまで
ドラムを叩きたい、と思っている。
ただ最近は、パーマネントなバンドを組んでいないことや
土日に時間が取り辛いこともあって、積極的にバンドやってないのだけれど。

 

 

もちろん昔はそんなことはなくて、
時間もあったし、熱意も今以上にあったので、
結構頻繁にステージに立っていた。
やりたいと思う曲も山ほどあったし、
なによりも昔からライブが好きだったのだ。

 

 

と、いうことで、今回はこれまで自分が演奏した曲の中で、
印象に残っている3曲です。

 

 

 

Hot Legs / Rod Stewart

 

Rod Stewart がギリギリロックンローラーだった頃の曲で、
リアルタイムで聴いたアルバム「Foot Loose & Fancy Free」の冒頭を飾る曲。

 

この重たいビートが個人的には結構はまって、
バックビートとまでは言わないけれど、
ルーズでありながら裏を感じさせるスタイルこそが、
自分の望んでいる曲のパターンだと、気づかせてくれた曲でもある。

 

アルバムはこちら
Foot Loose & Fancy Free
Foot Loose & Fancy Free / Rod Stewart

 

 

Sympathy For The Devil / The Rolling Stones

 

いわゆるJBスタイルの16ビートを初めて通しで叩いた曲。
この画像は1975年のもので、なまめかしい MIck Jaggar と
Billy Preston が余裕綽々でキーボードを弾く姿が印象的。

 

この曲は結構遊べる(原曲もまさに!!)曲だと思っていて、
是非リトライしてみたいと、ずーっと思ってます。

 

参考にしたヴァージョンが納められているアルバムはこちら
Get Yer Ya-Ya's Out!
Get Yer Ya-Ya’s Out! / The Rolling Stones

 

 

Jealous Guy / The Roxy Music

 

16を感じさせるスローな曲に初めてチャレンジした曲。
あの時、冬の恵比寿のライブハウスで演った数曲のなかで、
間違いなくベストなパフォーマンスだっと今でも思う。

 

特にサックスソロからエンディングに向かう
辺りがキモで、それまで8ビートを刻むことに
快感を覚えていた「小僧」を「大人」にしてくれた曲でした。

 

アルバムはこちら
Heart Still Beating
Heart Still Beating / Roxy Music

 

 

 

それでは、また

 

 



【私的音楽評】 NO,230「ゴダイゴ」担当:長谷川 UPDATE:2014.7.3

ゴダイゴ

 

高校3年生の時、横浜のHMVに学校帰りに目的もなく寄ることが多かった。

 

出来たばかりのHMV。
学校帰りに寄るだけでオシャレで大人な気がしてた。

 

当時のHMVは、洋楽コーナーが大半を占め、邦楽コーナーは一部だけだった。
洋楽コーナーを横目で見ながら邦楽コーナーを歩いていた時気になるCDを発見した。

 

「ゴダイゴ ベスト盤」

 

おぉ〜〜
小さい頃西遊記や銀河鉄道999の映画版のテーマソングだったな〜〜〜
一緒にいたギター仲間と興奮しながら、どっちがこのCDを買うかをなすり付けたが
結局自分が買った。

 

懐かしさと昔流行って解散してしまったバンドと少し馬鹿にした
ところが正直あり、話のネタの一つにでもなればくらいの軽い気持ちで買った。

 

確かモンキーマジックは格好良かったから楽しみだ。
銀河鉄道999の鉄郎とメーテルのキスシーンはステキだったなと・・・
と、思い出しながらCDをパッケージから出し、まずはモンキーマジックを聞いてみた。

 

「な、なんだ、この格好良さは・・・・」

 

高校生とはいえほんの少しでもバンドをやっていたので、
イントロのキーボードのフレーズ、ベースライン、ギターカッティング、
選んでいる音色の格好良さ、そしてメロディの格好良さにコーラスワーク、歌の合間に入る絶妙なギターのフレーズに鳥肌が立った。

 

「馬鹿にしてすいません。無知な僕をゆるしてください・・・」

 

翌日、そのCDを学校で「みんなこのCD凄い。とにかく聞いてくれ」と持って行った。
今度のライブの候補曲に入れようと当然提案したが、モンキーマジックは高校生には
難しすぎて最終的に銀河鉄道999になったが、ゴダイゴを選ぶ高校生バンドは
そうはなかっただろうな。

 

子どもの時にはわからなかった価値を大人になってから理解出来た時は、
その時の無知さをかわいいと思えてくる。

 

 

そういえば、BBクイーンズのボーカルが近藤房之助だった事を知った時も相当驚いたなぁ・・・

 

 

▼モンキーマジックはこちら。ナイスソングです!
https://www.youtube.com/watch?v=Y47R24Oxwmg



【私的音楽評】NO.228 福島セレクト2 担当:福島さん UPDATE:2014.6.26

▶私的音楽評 福島セレクト2(1988年)

 

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創世記にはすべてのもののなりたちが記され、そこにはアダムとイブの原罪も書 かれた…
現役時代、初めてのことに取り組んだガムシャラさは失敗をもなつかしく思わせるが、
功績も罪過もあって、功罪相償っているもの事実。
ということで、前回「へービーローテーション創世記」(1987年)の続きは
「ライブ番組創世記」(1988年)。

 

今年5月2日の命日に発売された忌野清志郎著「ネズミに捧ぐ詩」を読んでいて
思い出したことがある。
私と同い年で、しかも同じ頃に父を亡くした88年から書かれた手記だが、
そこにはその年の「COVERS」発売中止事件に結びつく原発に関連した記述がある。
「原子力発電とやらでせっせとつくった電力で
まるで同じようなTVをやって
俺たちには飽き飽きしながらそいつを見てる」

 

ネズミに捧ぐ詩

 

RCサクセションは開局時の「ヤング・イパルス」時代の映像がセルビデオになるほど、
清志郎はtvkとともに歩んできたアーティストの一人、
いや一緒に歩かせてもらった人だ。
72年からの「ヤング・インパルス」、80年にスタートした「Fighting 80’s」が 途絶えた86年、
その流れをくむ正統派のライブ収録番組を復活させるべく、
東芝に全体の1/3枠を提供してもらって86年11月にスタートしたのが「Live TOMATO」。

 

チェルノブイリ原発事故が起こったのがこの年の4月で、
そして、88年6月にあの事件が起こった。
「Live TOMATO」はアルバムの8月発売に向けたプロモーションの一環で
順調に5/23にライブを収録し、6/2に放送している。
しかしちょうどそのころ、原発メーカーの東芝が親会社である東芝EMIは
「原子力は要らねえ」と歌う「Summertime Blues」などの4曲をよしとせず、
石坂敬一統括本部長(当時)はアルバムから外すことを求めていた。
そしてついに6/10、話し合いは決裂してしまい、
アルバム「COVERS」は発売中止に追い込まれてしまう。
そうなると番組提供社の東芝から、放送したわれわれも大目玉を食らったという 顛末。

 

Summertime Blues http://www.youtube.com/watch?v=7H2ObUdNNS4
Love Me Tender http://www.youtube.com/watch?v=UNCAd9dvmeg

 

 

 

所詮民放には、こういう広告主とのトラブルにつきまとわれる宿命がある。
だから広告主と放送局の苦労話ではなく、
アーティストとレコード会社の在り方を考えるうえで重要な事件だ。
清志郎と東芝EMI幹部との話し合いは灰皿が飛んだとも言われ、
ともに切なく、むなしいものだったことは想像に難くない。
現代社会のプロダクトであるかぎりこういう摩擦はついて回るし、
これを乗り越える力も、いまや創造力のうちなのかも知れない。
結局、この「COVERS」はRCサクセション古巣のキティレコードから
8/15に発売することができ、
なんとアルバムもシングル「ラブ・ミー・テンダー」もオリコンチャート1位を獲得した。

 

「日本の原発は安全です─ さっぱりわかんねえ 根拠がねえ
これが最後のサマータイムブルース」
そのアルバムを改めて聴いて、清志郎の慧眼に敬服しながら思った。
創世記に記された、あの善悪の知識の木からだけはとってはいけなかった「禁断 の木の実」
これこそが「原子の力」だったのだろうと。

 

次回「私的音楽評 福島セレクト3」は1989年の「地球学園祭創世記」を予定。

 

RCカバーズCD

 

 



【私的音楽評】 No,228 ニシセレクト 62 UPDATE:2014.6.19

【私的音楽評】 No,228 ニシセレクト 62

 

 

♪噫(い)また不意に接近している 淡い死の匂いで
♪この瞬間がなお一層
♪鮮明に映えている 刻み込んでいる
♪あの世へ持って行くさ 至上の人生 至上の絶景

 

NHKサッカー放送のテーマ音楽、椎名林檎さん作詞の一部です。
凄いよ。
「淡い死」「至上の絶景」スポーツのテーマ曲とは思えません。
どうやら賛否両論あったみたいですが、私は絶大に評価します。
サッカーとW杯の魅力を凝縮結晶化した見事な歌詞です。

 

サッカーは1-0のロースコアが当たり前、つまり1点は奇跡。
その1点の瞬間を世界中の人々が熱い視線で観ている。
たとえ50本のシュートを打たれようが、
逆にたった1本のシュートがネットを揺らせば勝利する。
実力だけでは決まらない、芸術的で残酷ともいえる競技。
興奮するなと言われても、無理な話だ。
サッカーは自由な競技だ。ゴールキーパーもシュートを打てる。
サッカーは解放された競技だ。たとえば、
日本の高校サッカー選手がメッシと対戦する道も開かれている。
天皇杯とACLで勝利すればバルセロナのメッシと戦えるのだ。
W杯にも出場年齢制限は無い。

 

サッカーの魅力は興奮と自由と解放。
だからW杯は世界最大規模のスポーツの祭典となった。
サッカーの魅力は興奮と自由と解放
それを裏返せば、敗者の絶望と落胆。つまり「淡い死」。

 

林檎さんは、たぶんサッカーファンではないだろう。
それでもこの歌詞を書き上げた。おそらく身を削って。
ひたむきなプロフェッショナルだと思う。
ひたむきだから「至上の絶景」を知っていたんだ。
なんだか、せつないなあ。

 

さあ日本代表はギリシャ戦。
俺たちにも「至上の絶景」を見せてくれ。

 

【私的音楽評】椎名林檎

 

椎名林檎 – 『NIPPON』<いよいよ後半戦Ver.>
http://www.youtube.com/watch?v=0H4ZVbUmUYI



【私的音楽評】 No,227 五十嵐セレクト 63 UPDATE:2014.6.12

 

 

 

ノベルティーソングって、知ってますか?

 

 

ウィキペディアでは「コミックソング」と同種の音楽であり、
ある意味趣向を凝らした音楽である、とも言える。

 

 

ポピュラー音楽の宝庫アメリカには、
数多くのノベルティーソングが存在していて、
専門家とも言えるミュージシャンも何人かいる。

 

 

そのうち、そんな彼らもここで紹介してみたいと
思うけれど、ここでは、英米2組のミュージシャンの
有名なノベルティソングと、日本のそれをご紹介してみたい。

 

 

Guitar Jamboree / Chris Spedding

 

60年代のイギリスのロックシーンの名スタジオギタリストとして
Jimmy Page と人気を二分した名プレイヤーのソロデビューより。

 

Albert King から始まって、Jimi Hendrix から三大ギタリストやその他たくさん登場します。
すべて Spedding 氏のコピー作品。スタジオテイクだともっと似ている。

 

このライブは比較的最近のもので、途中で差し込まれる曲も
差し替えられている。彼のルックスも以前のシャープさを失ってしまったけど、
印象深い曲はいつまでも残るのだ。

 

アルバムはこちら
Chris Spedding : Chris Spedding
「Chris Spedding」 by Chris Spedding

 

 

Sweet Soul Music / Arthur Conley

 

ちょっと Sam Cocke に似た声をもつR&Bシンガーのレパートリーで
おそらくもっとも有名な曲。ノベルティーソングで知られる、って
いかがなものか、とも思うのだけれど。

 

師匠ともいえる Otis Redding との競作で、
Sam And Dave やら、師匠やら、James Brown やら、
ソウルシンガーをたたえるハッピーな曲。

 

当時は本当に戦争やら孤児やら公害やらが
歌の題材になることもなく、
少なくとも歌の世界は、とってもドリーミーで
みんなが憧れるストーリーが描かれていたのだ。

 

アルバムはこちら
Sweet Soul Music : Arthur Conley
「Sweet Soul Music」 by Arthur Conley

 

 

ロックンロール県庁所在地 / 森高千里

 

社会の授業でも使われたことがあるという、
昨今の日本のノベルティーソングの傑作(だと思う)!!
ちなみに今は「浦和」は「さいたま」に差し替えられて歌われている。

 

このアルバムは地味ながらも、
個人的には彼女のベスト作だと思っていて、
ドラマーとしての彼女がスタートしたのは
このアルバムから。

 

この曲は彼女は作詞はもちろん作曲の手がけていて、
オールドタイミーなR&Rに仕上がっている。
ところで、やっぱりヨコハマは‘しゅうまい’なんだね!!

 

アルバムはこちら
ペパーランド
「ペパーランド」 by 森高千里

 

 

では、また、

 

 



【私的音楽評】 NO,226「John Mayer」担当:長谷川 UPDATE:2014.6.5

jhonmayer

先輩・友人・音楽仲間からいろいろなアーティストを教えてもらい、聴く音楽の幅が広がってきたが、スティービーレイボーンだけはどういう経緯で聞くようになったかを覚えていない。

物心が付いた時にはすでに知っていたという感じ。

白人ブルースミュージシャンの代表的な存在だが、特筆すべきは「ギターの音色」だ。
ギターリストなら分かると思うが、ストラトというギターは太い音が出にくい。

しかし、スティービーレイボーンのギターはエフェクターもほとんど使わず野太い音が出る。
アンプを改造しているという事もあるだろうが、いろいろチャレンジしてもどうやっても
あの音は出ない。

プロミュージシャンでもなかなかあの魅力的な音色を奏でている人は少ないのだが、
最近そっくりな音色を出すミュージシャンを見つけた。

それがJohnMayer(ジョンメイヤー)だ。

世間一般的には、ルックスもいいので売れているミュージシャンとしても
認知されていることが若干違和感を感じるのだが、
ブルースを基調としつつ16分ノリのカッティングもこなす
素晴らしい技術を持ったギターリストだ。

2000年に入ってからは「ギターヒーロー」と呼ばれる存在が少なくなったが、
ジョンメイヤーは「コピーしたくなる」ギターを弾く、まさにヒーローとして輝いている

ちなみにローリングストーンズ誌が選ぶ現在の3大ギターリストの一人でもある。

声もレイボーンにそっくりで、中域の甘い声が魅力的だ。
今も音源を聞きながらこの原稿を書いているが、映像を見ないとスティービーレイボーンかと思えてくる。

ブルース・ロックが好きな人は是非チェックしてみてください。

▼YouTubeでチェック
https://www.youtube.com/watch?v=4396AVR51tE



【私的音楽評】 No,225 ミッキーセレクト 担当:久保さん UPDATE:2014.5.29

こんにちは
2014年1月に入会しました新入りのおっさん会員NO 071の久保です。
「ミッキーのUSTREAM SOUND ROCKETS❤」という番組名でたまに
ライブハウスからUSTREAMの生中継をしています。

 

兵庫県西宮市に自宅があり、今は東京で単身がんばっています。

 

今回は私が任命されました。
大変光栄です。

 

では、早速始めたいと思います。

 

まず私とARCSHIPの出会いについて。
2013.10のホッチポッチがきっかけです。

 

あるデビューしたばかりの無名アーティストさんを見に行こう!
と楽しみにしていたのですが、豪雨で行く気になれず以前のライブで
もらったホッチポッチのパンフレットを家で見ていました。

 

なぬ!ボランティアメンバー募集!
うーん、人生残り少なくなって来て、今まで音楽にさんざん助けられ
ここまでなんとか生きてこれた。
これからは音楽を通じて世の中の為に成る事をしよう!
と思い立ち、入会させて頂きました。

 

数年内に目標にしている事は、
もっと身近にいい音楽に触れる事が出来る環境をつくりたいと思っています。
そうする事により、くだらない大人の営利だけを目的にした音楽が少しでも排除されれば
日本はもっと良くなる。そういう想いで残りの人生を過ごそうと思う。

 

具体的には、自分の住んでいる街角で週末、当たり前に上質な音楽が流れるそんな
光景を作る事。それが私の使命です。

 

「音楽のまちかわさき」をモデルにした「街角ミュージック」を私の地元、神戸で実現する事です。
それを全国に広げて行きたい。

 

いろいろ書きたい事はありますが、書くといくらスペースがあっても足りないので
直近の自分が一番苦しい時(今も苦しいですが…)に出会ったアーティストさんと
曲について熱く語りたいと思います。

 

一番苦しかった時の事を書きます。涙なくしては読めませんよ。

 

 

そう、2005年に東京でITの会社を立ち上げ、最初の2年で社員14人、
外注スタッフさん30名ほどの規模まで増え、出だしは好調でした。

 

しかし、2008年リーマンショックにより、取引先が1社潰れ、2社潰れ、……、
そのうち社員は次ぎ次ぎと引き抜きやアメリカに移住などで辞めて行き、
一緒に会社を立ち上げた仲間には裏切られ、残ったのは社員1人、契約スタッフ3人。

 

あーこれからどうして行こう???どこか知らない土地に逃げようか!

 

そんな時に出会ったのが、
美元智衣(ミモトチイ)さんの「トーキョー」でした。

 

IMG_1748

 

いつものようにitunesで何かいい曲が無いか何気なく、物色していた時、
ジャケットを見て「あっ。綺麗なお姉さんだな」(最初は不純な動機でした)

 

直ぐダウンロードして、それからひたすらこの曲を
繰り返し、繰り返し聴きました。
私はアルバムや1曲を10日間くらい飽きるまで聞くタイプの人間です。
歌詞を一字一句全て噛み締めました。

 

美元さんも関西の出身で東京にシンガーを目指して出て来ました。
一度は大手レーベルからデビューするもレーベルとの方向性の
違いで一度歌を辞め暫く東京でOLをしていました。

 

歌う事が大好きで、伝えたい事がちゃんとある”と気が付いた彼女は2006年から、
インディーズでの活動を開始し今に至ります。

 

彼女のトーキョーという曲は、無謀にも同じ東京に勝負しに来た私にとって

 

「東京なんか嫌いな街や」「でも東京には何かがある」
「生まれてこれたから 思いっきり 思うまま 生きて行きたい」

 

その歌詞が私の諦める事しか考えていない情けない自分に気づかされ
「くっそ!もう一度死ぬ気でがんばるぞー」という思いにさせた歌でした。

 

そしてこの歌を渋谷の小さいライブハウスで、直ぐ目の前で本人が
歌ったのを見た時は、全身に鳥肌が立ち、曲中はずっと泣いて放心状態でした。

 

今では、私の企画ライブに美元さんにご出演頂けるようになり、
前向きに人生を生きられるようになりました。

 

諦めずに願いを伝えれば、それは叶うんだ!

 

初めて美元さんのご出演が決まった時は、飛び上がって喜びました。
itunesで何気にダウンロードした曲に感動し、コツコツとライブに通い
顔を憶えてもらい、ついに音楽業界のプロでもない私のオファーをOKしてくれた。

 

ある時、仕事上での普通の挨拶ですが、
美元さんが私の顔を見て「お疲れ様です」と言ってくれた事を
今でも私は鮮明に憶えている。
音楽関係者として同等に扱ってくれた。そんな気がしました。
(今でも本業はIT屋さんですが)

 

これからも本当に心に響く歌を届けられるアーティストさんたちを微力ながら
サポートし、ご協力を頂き、お互いがウィンウィンの関係となり
自分の夢実現に向けて活動して行きたいと思っています。
ARCSHIPではそのノウハウを学ばせて頂こうと思っています。

 

今回初の原稿で入れ込んでしまい、非常に私的なものになってしまいました。
お許し下さい。
最後まで目を通して頂きありがとうございます。

 

では、お待たせしました、美元智衣さんのトーキョーをご覧下さい。

 

http://youtu.be/L3qoTg3Qjuw

 



【私的音楽評】 No,224 ニシセレクト 61 UPDATE:2014.5.22

【私的音楽評】 No,224 ニシセレクト 61

 

 

080_003

 

二十代、横浜白楽のBarにひとり入り浸っていた。
若気の至り、ほぼ毎晩通って、
たぶんその店でポルシェ1台分の金を酒に替えた。

 

常連客は作家やら役者やら音楽家やら、元気な神奈川大学生やら
賑やかなもので、田舎高校出身の俺にとっては十分に刺激的だった。
K君は卒業後、10万円握りしめてユーラシア大陸に渡り、
五年後にドイツ人の婚約者を連れて帰国した。
美大出のA子は「日本の端っこにきっと何かある」つぶやいて
三年後に小笠原の住民になってしまった。
ちょっとシャイなサックス奏者は、
ある日テレビの中で陣内孝則の隣で踊っていたし、
男前のバーテンダー君は、水戸黄門横での印籠を出していた。
いま思い出しても、みんなユニークで思いきりが良くて、
我が強いメンツばかりだったなあ。

 

酒で覚醒した頭で、
常連たちの思い入れや夢の話しに耳を傾けていた。
勇気づけられたし、殴り合いもしたし、恋もした。
さらにもうひとつ、それまで知らなかった音楽と出会ったのもその店だ。
JAZZの王道のマイルス、コルトレーン、ビルエバンス、etc。
はじめてペンギンカフェオーケストラを聴いたのもカウンターでだ。
違う場所に出向けば、それまでの仲間とは異なる“人種”に出会うように
音楽だって接点が変われば、否応なしに世界は広がった。

 

その店は、閉店25分前の1時35分になると、
どでかいJBLのスピーカーからお決まり曲が静かに流れた。

 

キースジャレット ケルンコンサート Part I
26分1秒。譜面無し構想無しのピアノ即興曲。

 

俺の無計画な二十代のテーマソングだ。
いまでもその頃の仲間たちが集まればCDを引っ張り出す。
俺は生まれ変わっても、ポルシェ1台分の金で貴重な経験を買うだろう。

 

Keith_Jarrett_Koln_Concert_Cover

 

KEITH JARRETT – Köln, January 24, 1975 Part I
http://www.youtube.com/watch?v=TzJlbD9cSzk

 

 



【私的音楽評】 No,223 五十嵐セレクト 62 UPDATE:2014.5.15

 

 

 

feature1105_brian-eno

 

 

今日5月15日は Brian Eno の誕生日である。1948年生まれなので66歳。

 

 

この写真からは、いかつい中年男性のイメージしか沸いてこないけれど、
1970年代のカレはとってもファッショナブル?でいわゆるグラムロッカーのカテゴリーで
語られるアーティストでもあった。

 

 

1970年代から80年代に掛けて、カレはいくつかの自らのアルバム制作や、
他のアーティストのプロデュース活動を通じて時代の寵児となり、
ニューヨークのゲームセンターではゲーム終了後のモニター画面には
常に「Eno Is God」の文字が流れていた、との伝説が残っている。

 

 

当時のカレは、Punk〜New Wave〜Ambient といった先端の
音楽シーンの牽引者として、多くのミュージシャンやプロデューサーに
影響を与える先駆者でありながらも、いわゆるミュージシャンではない。

 

 

クリエーターとかプロデューサーといったくくりで語るべきカレの、
同じクリエーターとしてのJoni Mitchell の動向に常に注目していた、
というエピソードがある。

 

 

このエピソードは、カレと世の中に数多いる泡沫クリエーターとを
明確に区分するものだと思う。可能性としてはほとんどないが、
Joni Mitchell と Brian Eno の競作アルバムを聞いてみたいものである。

 

 

と、いうことで、今回は Brian Eno が関わったグループのアルバム
3枚を取り上げてみた。

 

 

 

Do The Strand / Roxy Music

 

未だに Brian Eno 在籍時の Roxy Music をベストに上げるヒトも多い。
特にこの2枚目のアルバムは、アバンギャルド色がただよいつつもポップな作品で、
冒頭に置かれたワイルドなこの曲は個人的には彼らの曲の中でも好きな曲。

 

アルバムはこちら

For Your Pleasure
For Your Pleasure / Roxy Music

 

 

 

Born Under Punches / The Talking Heads

 

「レコードコレクターズ」が選んだ80年代のロックアルバム第1位が
この曲が入ったアルバム「Remain In Light」。
DJ渋谷陽一のNHK-FMのプログラム「サウンドストリート」で
最初にこの曲を聴いたときは、カッコイー、って思った。
後に手のひらを返したように渋谷氏がこのアルバムのあり方に?
を付けた時には、アレッ、って思った。

 

アルバムはこちら

Remain in light
Remain In Light / The Talking Heads

 

 

 

The Streets Have No Name / U2

 

デビュー後わずか25年でロックの殿堂入りを果たした
言わずと知れた世界でもっとも有名で、お金を稼ぐロックグループ。
この曲が入っている「Joshua Tree」は、彼らのアルバムの中で
個人的にもっとも好きで、当初予定されていた
T-Bone Burnette がプロデュースしていたらどんなアルバムに
なっていたか、とっても興味がある。

 

アルバムはこちら

The Joshua Tree
Joshua Tree / U2

 

 

 

それでは、また

 

 

 



【私的音楽評】 NO,222「CLOSE TO YOU」担当:長谷川 UPDATE:2014.5.8

カーペンターズ
 

 

プロのミュージシャンになりたかった20代中盤の自分は幸せではなかった。

 

もちろん、「楽しい瞬間」はたくさんあったけど、それは瞬間であって継続は出来てなかった。

年を重ねれば重ねるほど焦ってくるし、お金はないし・・・・

 

そんな時プロのミュージシャンだった先輩がこんなことを言った。

 

「たとえバンドが売れて商業的に成功しても、幸せだと感じられなかったら意味が無いんだ。
成功しているミュージシャンでも自殺未遂をしてしまう人がいるだろ?その人達は幸せだと思うか?」

 

CDが売れて、大きなホールでライブが出来て、お金が入ってきて何が不満なのさ・・・

 

先輩はその時カーペンターズのカレンの話をした。

 

カレンは摂食障害だった。

 

32歳で亡くなってしまった直接の死因は心不全だが、拒食症の治療で体が
弱っていたことがそもそもの原因だったとのこと。

 

「カレンはあれだけステキな歌が歌えて、商業的にも成功していたのに精神的には不安定だったということだろ?売れてる売れてないより、自分の気持ちが今どこにあるのかを大切にしながら進んでいってくれ」

 

当時アドバイスをくれた先輩の年齢に自分が実際になってみて、その時先輩が伝えようとした真意が
よく分かる。

 

だから、自分は若い人たちに同じ事を伝えている。

 

伝わっているかどうかは分からないけど、伝えているし、これからも伝えていきたい。

いつかこの言葉を理解出来た人が、自分の後輩に同じ事を伝えてくれたらこんなに嬉しいことはない。

 

選曲は悩んだが、CLOSE TO YOUにした。
優しい気持ちになれる良い曲です。

 

http://www.youtube.com/watch?v=6inwzOooXRU

 

 



【私的音楽評】NO.221 福島セレクト1 担当:福島さん UPDATE:2014.4.24

私的音楽評 No.221 福島セレクト1
自己紹介を兼ねて少し長いけど「ヘビーローテーション創世記」

 

プロフ中

 

「創世記」、七日目に休日をつくったということしか覚えていない。
ん? なにか違うな…、安息日だ、安息日。昼と夜を区別したのが第一日。
大空を天と名づけたのが第二日…(紙幅がないので中略)、
全ての創造を休んだ第七日。それが週末の安息日だ。

 

 

思えば現役時代にはさまざまなスタート・アップに立ち会えた。
第一期の79年に江の島で大型野外イベントJapanJamをやらせてもらい、
第二期の84年に自分の番組でビデオクリップという言葉を日本で最初に使い、
第三期の89年には音楽制作の子会社ミューコムを立ち上げ、
第四期の95年にビデオジャーナリスト職をつくり、
第五期の04年は地上デジタル化と社屋移転でてんてこ舞いし、
第六期の09年イマジン・ヨコハマを契機に苦手だった市民活動に首を突っ込むようになった。
そして、神が言ってくれたわけではなく、そろそろ休んでいいかなと思って12年に自ら退任を決意し、
第七期の安息日の現在という次第。

 

 

さて、編集長からは87年の12HOURS ALL-NIGHT OUTDOOR LIVE「BEATCHILD」について書けと言われたのだが、第三期の音楽制作のミューコム立ち上げ前に、評論家や音楽関係者に誘われて確かに阿蘇まで行っている。
しかし、やたらと寒く、びしょ濡れになったことだけしか記憶になく、
昨年の映画公開で「ステージはそうだったんだ」というのが正直なところ。

 

 

豪雨でギターアンプが壊れ、モニターの音を失っても歌いきった白井貴子の「CHANCE!」、
スライダーズのハリーの飄々とした「あのコはとくべつさぁ」が耳に残る「Special Woman」、
ピンスポの逆光でCGのように見える雨脚の中、舞台にキスをする尾崎豊がもの悲しい「Driving All Night」、
中でもヘビーローテーションを思い出させてくれた、新人THE BLUE HEARTSの「リンダリンダ」が印象的だ。

 

bluehearts

 

https://www.youtube.com/watch?v=PoMd3vrAOgc

 

 

ここの事務所の社長からの提案でtvkは日本で最初にヘビーローテーションを実践した局になった。
アメリカのラジオ局で生まれたこの集中豪雨的にレコードをかけるという手法、
日本でもそれまではAMやFM局でしか宣伝ツールになっていなかったのが、テレビでもできるという認識に変わった瞬間だ。

 

 

このあとヘビーローテーションはレコードメーカーやアーティストの事務所にとってプロモーションの必須ツールとなり、
CD発売のCM出稿をともなってずいぶん使われ、tvkの音楽番組の貴重な収入源になっていく。

 

 

今後も折に触れて、私のそれぞれの期に関連した創世記を紹介していくのでよろしゅう。

 

余談:吉本ばななの「パイナツプリン」に
「私が素人衆だった最後の数か月を最高にしてくれたのはブルーハーツだった。
新宿のテイトムセンにはり出してあった歌詞を見たのが最初だったろうか。
ミュートマJAPANだったろうか」
と書いてくれてうれしかったのを思い出した。

 

 



私的音楽評No.220 ニシセレクト57 UPDATE:2014.4.17

私的音楽評No.220 ニシセレクト57

 

元気です

 

いまや、ただのお爺ちゃんになった気配の吉田拓郎さん。
大昔はね、俺が中学生だった頃はね、時代の風雲児だったのよ。
ちょうど反抗期だった中学生は、そりゃ影響を受けました。

 

どんなに大ヒットを飛ばそうと「テレビには出ない」
紅白歌合戦からオファーがきたら「持ち時間20分ください」
レコード大賞受賞式にはタキシードではなく、
デニムとダンガリーシャツで登場。

 

いまでは当たり前になった、全国コンサートツアーも
吉田さんが日本ではじめておこなった。
いまでは当たり前になった、ミュージシャンの会社設立も
吉田さんのフォーライフがはしりだ。

 

生き方がかっこよかったのだ。
世の中で大人たちが決めつけていた事を、次々に刷新した。
その時代のシンガー・ソングライターのしがらみを
大胆に断ち切り、大海に飛び出した。

 

そして、
音楽的には…実は….たいしたことはしていなかった。
フアンには殴られるかもしれないが、たいしたことはしていない。
でも、そこが中高生のハートつかんだ。
「ポップミュージックは気ままでいいんだよ」
そういうメッセージが楽曲にあった。
つまり、パンクだったんだ。

 

今回紹介する歌は、オリコントップチャートに二年間君臨した
アルバム“元気です”に納められています。
当時、音楽の担当教師が「これは作曲とは言わない」と言い捨てた歌です。
笑っちゃうよ。聴いてみてね。

 

馬/吉田拓郎(1972年)
http://www.youtube.com/watch?v=2z9yfJG3vhw

 

追記:今の中高生にとって、時代の風雲児っているのだろうか?

 



【私的音楽評】 NO,219 五十嵐セレクト 61 UPDATE:2014.4.10

 

 

 

自分は普段自転車で移動しているので、
移動中は本を読めないし、音楽も聴けない。

 

 

でも、移動中は、自然の移ろいや街の変わりゆく様が
身近に感じられるので退屈はしない。

 

 

横浜(特に都心部)は、ちょろっと移動する度に
街の風景(by尾崎豊)がコロコロ変わるところが面白い

 

 

さほど長くはないもののそれぞれの街に歴史が有り、
いろいろな出来事があり、様々な人間がいて、たくさんの
イベントがあったはずだ。昼も夜も。

 

 

そんなことを考えながら街を移動するのは、
とても楽しく、感傷的にもなる。

 

 

でも、雨が降ると電車で移動することになる。
自然とテンションが下がりがちになるので、
その時は音楽を聴く。

 

 

今日は、下がり気味なテンションを上げてくれる、
昔の日本のフュージョンミュージックを
3曲お届けします。

 

 

 

CHOPPERS BOOGIE / ティン・パン・アレイ

 

 

細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆の4名からなる
ある種のスーパーバンド、3枚のアルバムを残したが、
残念ながらはっぴいえんどに比べて評価は高くない。

 

 

この曲が収められているファーストアルバムは全10曲入りで、
4名それぞれが各2曲をプロデュースし、
残りの2曲を4人で制作するという変則的なものである。
この曲は林立夫の制作で、サディスティックスのメンバーと
スクール・バンドのメンバーが参加している豪華版である。

 

 

とにかく後藤次利のベースがいかしていて、
小学校6年の時に初めて聞いて以来、
かれこれ40年近く愛聴している曲です。

 

 

キャラメル・ママ
アルバムはこちら 「キャラメルママ」 / ティン・パン・アレイ

 

 

 

SHAKE YOUR HEAD / PRISM

 

 

彼らのセカンドアルバムから。
森園勝敏がいたころで、和田アキラとの
ツインギター編成のときのもの。

 

 

このアルバムには、村上“ポンタ”秀一が加わった
豪快な長尺曲 “Beneath the Sea” も入っていて、
なかなかの力作に仕上がっている。

 

 

ホーンセクションも加わったこの曲は、
鮮やかなキーボードのフレーズを挟みつつ、
印象的なフレーズがちりばめられた
いい曲だとおもいます。

 

 

SECOND THOUGHTS : SECOND MOVE
アルバムはこちら 「SECOND THOUGHTS / SECOND MOVE」 / PRISM

 

 

SPLASH / 渡辺香津美

 

 

彼が“MOBO”ブランドでアルバムを出していたころ。
中でもこの曲が収められた「MOBO SPLASH」は
コンパクトな曲が多く入っていて聞きやすいです。

 

 

村上“ポンタ”秀一と Gregg Lee のトリオによる
この曲はポンタさんの独特の譜割感が、彼のソロパートの時に
存分に味わえる作品です。

 

 

それにしてもポンタさんのドラムは映えるなー
格好いい!!

 

 

MOBO SPLASH

アルバムはこちら 「MOBO SPLASH」 / 渡辺香津美

 

 

それじゃあ。また

 

 



【私的音楽評】 NO,218「深夜番組:寺内ヘンドリックス」担当:長谷川 UPDATE:2014.4.3

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ここ最近本当にテレビを見なくなった。
たまに早く自宅に戻ってテレビを付けても、面白いと思えない。

 

自分が大人になったのか、それともテレビがつまらなくなったのか。

 

テレビに限ったことではないが、やはり「偏る」というのうは大事だなと
最近つくづく思う。しかしながら、平均的なことを多くの人が望むのも事実で
そのさじ加減が難しい。

 

 

 

おかげさまでアークシップは4月で13年度目に入った。
我々は「音楽」に特化したことがここまで続けられた要因の一つだろう。
それ以外にも色々理由はあるが、それはまた別の機会に話すとして・・・

 

 

 

話を「偏る」と「テレビ」の話に戻そう。

 

1993年頃、フジテレビの深夜番組「寺内ヘンドリックス」という番組を知っている人はいるだろうか・・・

 

 

その昔ギターリストだけが楽しめる、シュールな番組だったなぁ。

 

コーナー名を列挙してみよう・・・・

*******************************************************

・白井良明のギター番長
・たまたま通りかかった人がそのギターを弾く様子を映すだけという『街角ギター』
・ムーンライダース成毛滋のギター講座(普通の講座ではありません・・・)
・ローディ対決「どちらが弦を早くまけるか」
・ギター異種格闘技〜アリと猪木〜(ギターの即興音楽とダンスの即興が対決するなど)
・ギター兄弟対決「エド山口とモト冬木」
・今週の君が代(いろいろなアーティストが思い思いに君が代をギター1本で演奏する)
・「一億二千万総ギタリスト化計画」ってコーナーもあって、エド山口がzo-3持って街に出かけるコーナーもあったな。

*******************************************************

 

まぁ、とにかく番組は「まじめにふざけて」いるんだ。

 

 

どちらかというとエレキギターが番組のメインだったが、
今思い返してみると「エレキギターの可能性を拡げよう」という意識が
番組側にあったんじゃないかな・・・・いや、そうであってほしい。

 

 

大笑いはないけど「くすっ」って笑えて、なんかハッピーになれる
番組だった。

 

 

ギターリスト限定だけど。

 

 

「人のリフみて我がリフ直せ」って、名コピーだよね。

 

 

ギターリスト限定だけど。

 

 

イベントでこういう「まじめにふざける」的な事が出来たら、今音楽に興味が無い人にも楽しんでもらえる
音楽イベントが出来そうな気がする。

 

そんなイベント創りを目指していこう。

 

 

 

ちなみにテーマ曲は、「10番街の殺人」でした。

覚えている人いるかなぁ〜〜〜

 

▼奇跡的に番組の内容をまとMているブログがあったので、是非ご覧下さい。
http://joy.masa-mune.jp/terahen/index.htm

 

 



【私的音楽評】NO.218 あっちゃんセレクト2 担当:あっちゃん UPDATE:2014.3.27

こんにちは。アークシップ事務局スタッフをさせてもらっている豊田です。

 

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前回私は「サカナクション」というバンドをご紹介しましたが、今回も
アークシップ「チームキャンパス」リーダーとして若者の音楽を紹介していきますよ〜!笑

 

サカナクションを含め、みんな大好きバンプ、まっしゅさんの好きなアジカン、

健太郎くんの好きなバックホーンなど、
若者が好むジャパニーズ・ロックを多く取り上げている音楽雑誌があります。
その名も「ROCKIN’ ON JAPAN(ロッキング・オンジャパン)」。
ROCKIN’ON→RO KI NO N→ロキノンと変化し、

こうしたJ-ROCKはロキノン系と呼ばれているのです。

 

毎年夏に我が故郷・茨城県ひたちなか市で開催され、
「ロキノン厨(ロキノン系音楽が大好きな人達のこと)」から

絶大な人気と動員数を誇っているのが
「ロックインジャパンフェス」。

私も2010年に3日間通しで参加しました。実家から。(←羨ましがられるポイント)
昨年の出演者はこんな感じです→ http://rijfes.jp/2013/artist

 

「ロキノン系」という言葉はかなり広義で使われるのですが、
だいたいはこのフェスに参加しているバンドを指すという認識で良いと思います。

 

 

☆彡☆彡☆彡
さて、前置きが長くなりましたが、私が今回ぜひ聴いてもらいたいのが
「フジファブリック」というバンドの「サボテンレコード」という曲なんです。

 

私が大学1年生の夏休みに入る前、友人と一緒にTSUTAYAに行った時に
「変だけど味があって好き」と教えられてこのバンドと出会いました。

 

聞いてみたら、こもったベースに甲高いキーボード、

主張しないのにすっと入ってくるボーカルにギターの軽さ。
独特な歌詞と音の雰囲気に「うわ…絶対変態だ…けど…なんかいいな…」と

次のアルバム、また次…と手に取っていました。

 

私のハートを射抜いた音楽を創り出してきたボーカルの志村正彦さんは、
なんと、2009年のクリスマスイブに急死してしまっていたのでした。

 

Youtubeで動画をみつけては「志村さんが生きてるときに出会いたかった…」

と思うばかりでした。
ほとんどの映像を観たと思います。
どの動画も、コメント欄には志村さんへのメッセージがびっしりでした。

 

そんな、いつもイヤホンでフジファブリックを聴いていたある日、

聴き流しながらふとじんわり涙してしまった曲がありました。
それはシングルカットされていない、あるアルバムの中の1曲。

それが「サボテンレコード」です。

何が私をこみ上げさせたのか、今でもまったく分からないのです。
だけど、なんだかしっくりくる、私の秘密の応援ソングになりました。
月に1度くらい、この曲、聴きたくなります。

 

フジファブリック、やみつきになります。

 

…聴きたくなりました?なっちゃいました?

 

ひとつだけ、「サボテンレコード」の動画がありました。
https://www.youtube.com/watch?v=2eMYVeOT5ko

志村さんの少年のような音痴さが味を出してます。

 

あともうひとつ、フジファブリックメンバーの仲の良さが伝わる大好きな動画があるので
貼らせてください。
https://www.youtube.com/watch?v=xI0Z0rVg69I

ここで歌っているのは「パッションフルーツ」という、これまた意味の分からない曲です。笑

 

私ごとですが、就職活動の真っ只中です。
いろんなものが溢れすぎて、いろんなものを持ちすぎて。
それは情報だったり、価値観だったり、ものだったり。
自分を見失いそうになるときがあります。

 

「サボテン持ってレコード持って、やりかけだったパズルは捨て
車に乗って夕日に沿って、知る人のいないとこに着くまで」

 

プライドも何もかも捨てて、身一つで知らない所に飛び込んでいく。
実は私にも、本当の意味でのそういった経験が必要なのかもしれず、
心のどこかでそれを求めているものなのかもしれないです。

 

まだまだ、自分との対話の途中です。

 



【私的音楽評】 NO,217 五十嵐セレクト 60 UPDATE:2014.3.13

 

 

【中森明菜の「歌姫」とそのオリジナル】

 

 

デビューしてから一貫して中森明菜のファンである。
自分と同世代であり、ずっと注目している。

 

 

彼女は稀代の表現力を備えており、
その表現力は年を重ねる毎に多様さと繊細さを増していったように思う。

 

 

ものの本によると、彼女はデビュー初期の段階より、
衣装・メイク・振り付けに自身がかかわり、
楽曲制作においても自らの意見を積極的に述べるなど、
プロデューサー的な立ち位置も意識してた様である。

 

 

彼女の楽曲が世の中の人に最も支持されていたのは
間違いなく彼女が20歳前後の頃だと思われるが、
その存在感や表現力はその後も衰えてはいないと思う。

 

 

残念なことに、2010年の秋以降活動を停止しており、
活動再開の目処はたっていないそうである。

 

 

復活を切に願う。
あの独特のビブラートをまた聴きたい。

 

 

彼女が国内の名曲をカバーした秀作「歌姫」はシリーズ化されたが、
ここではシリーズ最初のアルバムから3曲取り上げた。
ぜひオリジナルとカバーを聞き比べて見て欲しい。

 

 

ダンスはうまく踊れない / 石川セリ

 

ダンスはうまく踊れない / 中森明菜

 

 

私は風 / カルメン・マキ

 

私は風 / 中森明菜

 

 

片思い / 中尾ミエ

 

片思い / 中森明菜

 

 

それでは、また

 

 



【私的音楽評】 NO,216「佐山雅弘」担当:長谷川 UPDATE:2014.3.6

 

 

24歳のころ、どうすればプロのミュージシャンになれるという具体的な方法が分からなかった。

 

「ライブハウスでスカウトされる」「デモテープをレコード会社に送る」
「コンテストでグランプリを獲る」

 

 

どれも雲を掴むようなはなしだが、いつチャンスが来るか分からない。
自分の実力をアップさせるために、メトロノームでギター練習をするだけではとても無理だ。

「いろんな音楽を聴く、ライブを見にいく、プロの演奏を聴く&話を聞く」

とにかく、感性を磨かないと・・・

 

 

ある日当時のバンド仲間のボイトレの先生のライブがあると聞き、
都内のジャズバーに行った。

バイト生活の身分にはとても高額だが、これも感性を磨くためには必要だ。

 

 

5mもない距離で聴いたその歌声は本当に素晴らしく、本当のプロの表現力に圧倒された。

ステージの合間には「プロになるには」をひたすら質問し、高いお金を払ったかいがあったと喜んでいた。

 

ふとステージを見ると飛び入り的な形でピアノに座っている人がいた。

なるほど、ジャズバーは自由に演奏出来るな大人な空間なんだろう。

 

演奏が始まると、自分は身動き取れないほどの衝撃を受けた。

 

 

「ピアノが演奏されていることを喜んでるみたいだ・・・・」

 

 

そう直感で感じるほど、楽しげな音が聞こえてきたのだ。

目も耳もピアノから離すことが出来ない。

 

「素晴らしいミュージシャンは、楽器に命を吹き込む事が出来るんだ。」

 

感動と共にそれが全く出来ない自分の情けなさも痛感した。

後でその方の聞いたら、なんとあの「佐山雅弘」さんだった。

 

当時は恥ずかしながら知らなかったのだが、PONTA BOXでピアノを弾いている
あの佐山さんと知った時、ただであの素晴らしいピアノを聴けた幸運を喜んだ夜だった。

 

▼You Tubeでチェック
http://www.youtube.com/watch?v=gqb3dxOSLrk

 

 



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