【私的音楽評】 No,232 ニシセレクト 63

【私的音楽評】 No,232 ニシセレクト 63

 

 

「へえー?横浜からわざわざこんな島に来たの?」
島にただ一軒のスナックで、膨らんだ大竹しのぶサンのような
ショートヘアのママはグラスを置いてそう言った。
離島振興の仕事で赴いた日本海に浮かぶ人口900人の孤島。
「あたしはね、蒲田にいた事があるよ」
「就職で?それとも?」
「あのね、オトコを追っかけて部屋に転がりこんだの。アハハ」
しのぶちゃんは銀歯を見せて豪快に笑った。

 

幼なじみの彼とは、当たり前のように中学時代から付き合いだした。
ふたりのデートの場所はいつも校庭か海。
島には高校が無いので彼は島を離れ、
しのぶちゃんは考えた末、島に残り祖母を継ぎ海女さんとなった。
海に潜りながら彼を待つ3年間に書いた手紙の数は100通以上。
「高校を出たら島に戻るって約束してくれていたけどね」
優等生だった彼は島に戻らず、高校卒業後東京に進学した。
「手紙にさ、銀座のピザ屋でバイトしているとか、
フランス語の授業が難しいとか、読んでいてもう別世界。
すごいなぁと思って、わたし手紙、書けなくなってね」
成人式にも彼は帰って来なかった。
周囲には相談せず、しのぶちゃんは決断した。東京へ行こうと。
「住所を頼りにたどり着いたら4畳半のぼろアパート」
「驚いたでしょ?彼氏は」
「漁協の旅行かぁ?だって。そういう人なの、気が利かないの」
しのぶちゃんは彼とふたりでママゴトのような生活をはじめた。
朝弁当をつくり彼を見送り、夕食の支度をして彼を待ち、
夜中勉強をする彼の背中を眺めながら洗濯物を畳んだ。
「東京、楽しかった。銀座も新宿も。蒲田のぼろアパートもね。
だけど違いすぎたのよね、島と東京。あたしとアイツも」
「プロボーズは無かったの?」
「無かったの。それを確かめに行ったのにさ。
あたしも言い出せなかった、困らせている気がしてね」

 

半年でママゴトは終わり「またね」と言ってしのぶちゃんは島に戻った。
2年後に旅館の若だんな、今のご主人と結婚した。
「たくさんの手紙はまだある?」
「どうだったか、忘れたねえ」
「なんだか木綿のハンカチーフみたいだね。知ってる?」
「太田裕美の?うん、あれ嫌い。だって最後に女が泣くでしょ」
「あ〜、ハンカチーフください、か」
「女はもっと強いのよ。特に島の女はね、アハハ」
しのぶちゃんは豪快に笑いワンピースの袖をまくり力こぶをつくった。
俺はその夜ふたたび、しのぶちゃんの光る銀歯を見てしまった。

 

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http://www.youtube.com/watch?v=KotGa7jNr24
木綿のハンカチーフ/大田裕美(1975年)


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